節句(せっく)について今更書いてみる

素晴らしいページあるので紹介しておく

以上。なんて冗談みたいになってしまうのだけれど、上記HANKYU FOOD公式食ナビチャンネルさんのページではこれ以上ないくらいに分かりやすく節句について記載されている。おまけに節句で必要なものもお取り寄せできてしまうという優秀さ。素晴らしい!

なのでここではあえて曆たかしらしく別の視点から節句について紹介してみたいと思う。

今日は2026年4月30日。まもなく5月の端午の節句がやってくる。
節句というのは、季節の節目に邪気を祓い、健康や成長を願う日。江戸時代に幕府が制定した5つの祝日の事を指しています。
 上記の図のように主立った季節の境目に日にちが割り振られていて、全て奇数日に設定されている。

因みにより分かりやすく別の呼び方を右に載せてます。

  • 人日の節句(じんじつ)  - 1月7日 七草の節句(七草かゆ)
  • 上巳の節句(じょうし)  - 3月3日 桃の節句  (ひな祭り)
  • 端午の節句(たんご)   - 5月5日 菖蒲の節句 (こどもの日)
  • 七夕の節句(しちせき)  - 7月7日 笹の節句 (七夕-たなばた・星まつり)
  • 重陽の節句(ちょうよう) – 9月9日 菊の節句 (長寿を祈る)

このように季節の分かれ目になっており、体調が崩しやすい季節の変わり目などと一般的には云われている。一般的な年中行事であり、特にここに吉凶的な意味合いが無いようにも思われがちであるが、少し足を踏み入れて読み解いていくとちょっと面白い事実あったりする。

目次

陰陽にかかわる事実

上記各節句の日取りを見てもらうと、全て奇数日となっている。
しかし、月を数字を足すと全て偶数になるようになっている。
実は陰陽五行説では、【陽】は安定や安寧等を指すが【陰】はその逆で不安定、混沌などといった逆の意味を指す。
一見月も日も【陽】の奇数であり、吉日のようであるが、両方を足すと偶数になり、そこには危険も潜んでいるか注意しなさいよ、という日にもなっている。

元々季節の変わり目であり体調も崩しやすく、病気(魔)が入りやすいため、祝い事やまじない的な行事を行って魔を祓う意味も含まれている。

人日の節句(じんじつ)

七草がゆで有名ではあるが、人日(じんじつ)の由来が面白い。

東方朔(とうぼうさく)※謎の占い賢者 によって伝えられた占いの技術であり、
旧暦の1月1日から6日までは動物を占い、7日目に人を占う事から人日の日と言われるようになった。

東方朔秘伝置文(江戸時代の文献) 花山堂蔵版(1839年)など、四季の気や煙の出方、風雨の状況から吉凶を占う方法がまとめられた和本などがあった。また、占いの技術向上として射覆(しふく)といって 器の下に隠したものを当てる、隠し物当ての占い遊びなどがあった。

人日の節句は幕府の公式行事となっていて、特に武家においては重要な行事とされて、将軍以下の武将たちは七草がゆを食べてこの日を祝ったとのこと。

さて、このように人日の節句(じんじつ)だけでもずいぶん奥深く、しかも占いが深くかかわっている。すべてを説明するととて書ききれないので、今回はもうすぐやってくる端午の節句について記載して他はまた今度記載しようとおもう。

端午の節句(たんご)   - 5月5日 菖蒲の節句

端午とは「初五」の意味といわれ、【端(たん)】は初めのという意味である。
【午(ご)】は「五」と同音ということで同じ意味とされた。
これは、当て字的な感じもするが、要はその月の最初の【午(うま)の日】を指しているということだそうだ。元々古代中国ではぞろ目は縁起がよいとされ、3月3日は桃の節句、5月5日は端午の節句として祝うようになったのが始ま平安時代に伝わったこのならわしは、江戸時代には男子のいる家では、こいのぼりを上げたり、兜や甲冑を飾ったりして成長を願う風習ができた。

また日本では古来より五月を物忌み月といわれ「さつき忌み」と称した田植え前に早乙女達が家で身を清めて田の神を迎え祀る神事が行われた。

つまり、若い田植えをする女性が穢れを祓い身を清めた日でもあり、5月5日は元々女性の節句でもあったのだ。

早乙女ってなに?

早乙女(さおとめ)とは、旧暦5月(皐月)の田植え時期に、田の神に仕える神聖な役割を担った若い女性のことです。紺の単衣に赤い帯(または赤い襷)、白い手拭、菅笠という統一された装いで、手植えを行う姿が特徴で、別名「植女(うえめ)」とも呼ばれました。

語源的には、「さ」は田の神(稲の神霊)を意味する接頭語で、「乙女」と合わせて「田の神に奉仕する乙女」という意味合いが強く、単なる農作業者ではなく、稲作における農耕儀礼の担い手として位置づけられていました。田植えの日は「ハレ(祝祭)」の日とされ、早乙女たちは一列に並んで「早苗(さなえ)」を植える神事を行いました。

現在では、伝統的な田植え祭りなどでこの装いと役割を再現する女性たちを指す言葉として残っています。

(参考:民俗学関連文献、歳時記など)

このように大陸から入ってきた端午の節句の文化、日本古来のさつき忌みの風習が混ざりあって子供の日となっている。

結構奥深いこどもの日

日本の古来の風習「さつき忌み(五月忌・さつきいみ)」は、旧暦5月(皐月)の田植えを前に、早乙女(さおとめ)と呼ばれる若い女性たちが身を清めるための大切な儀礼でした。

彼女たちは田の神に仕える神聖な存在として、菖蒲やよもぎで屋根を葺いた小さな小屋や家に籠もり、穢れを払い、心身を清めました。これは単なる休養ではなく、稲の豊作を願い、病気や厄災を遠ざけるための農耕儀礼そのものでした。5月は「不吉な月」とされ、婚姻を避ける時期とも言われ、「五月忌」という季語にもその名残が見られます。

やがて、この日本古来の「さつき忌み」と、中国から伝わった「菖蒲やよもぎで邪気を払う」風習が融合していきました。強い香りを持つ菖蒲は邪気除けの象徴となり、屋根に飾ったり、菖蒲湯に入ったりする習慣の基盤となりました。

こうして端午の節句は、元来は田植えを控えた女性たちの清めの行事として始まりましたが、時代とともに変化します。菖蒲の音が「尚武(しょうぶ)」に通じることから武家社会で男の子の成長と出世を願う行事へと姿を変え、江戸時代以降は鯉のぼりや武者人形を飾る男児の節句として定着していきました。

現代の5月5日「こどもの日」の裏側には、豊かな稲作を祈る早乙女たちの純粋な願いと、邪気を払い無病息災を願う人々の思いが、長い時を超えて重なり合っているのです。

菖蒲を屋根に投げたり、菖蒲湯に浸かったりする何気ない習慣も、実は古代の人々の祈りと知恵が息づく、尊い文化の継承なのですね。

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この記事を書いた人

杉並区を拠点に活動する「曆たかし」です。命学や個性心理學を通じ、自分と相手を深く知り、調和して生きるための知恵をお伝えしています。

NPO法人日本児童文化教育研究所の理事として次世代への文化継承に携わる傍ら、神話・民話の再話作家として「古の物語を現代に蘇らせる」活動にも注力。占術と物語、二つのアプローチで、貴方が本来の自分を取り戻し、運命を切り拓くお手伝いをいたします。

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